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ハインリッヒス のバックアップ(No.10)
CV:大江菜摘 イラストレーター:とり×2 入手方法
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元ネタはアクセル・エリック・ハインリッヒス(Axel Erik Heinrichs)。最終階級は歩兵大将(jalkaväenkenraali)。
第一次世界大戦において、フィンランド義勇部隊であるドイツの第27猟兵大隊の一員として参加している。
フィンランド内戦においては少佐として白衛軍に参加し、タンペレやヴィープリを転戦した。
戦間期には1925年から1928年にかけてフランスの軍学校に留学している。
1939年の冬戦争勃発時にはカレリア地峡防衛を担うフィンランド陸軍第三軍団司令官の地位につき
翌年1940年2月にはカレリア軍司令官、同3月には陸軍司令官となる。
また冬戦争後の6月には参謀総長に就任した。
1941年の継続戦争勃発時はカレリア軍司令官の任についていたが
1942年には参謀総長となり、以降はその地位で継続戦争を戦うことになる。
1942年にマンネルヘイム十字勲章二級章を受勲している。
そして1944年10月、ハインリッヒスは陸軍総司令官となり、同年12月にはマンネルヘイム以外で唯一となる
マンネルヘイム十字勲章一級章を受勲した。
翌1945年1月にはマンネルヘイムの後を継いでフィンランド軍総司令官となる。
1945年夏に予備役となり、その後1948年冬には大統領顧問となる。
戦後は文筆活動も行っており、マンネルヘイムの自伝のゴーストライターを務めたことが知られている。
なお図鑑ボイスの「カレリア地峡の放棄」であるが
厳密に言えばクーテルセルカの戦いで放棄したのはカレリア地峡上の防衛線VT線である。
フィンランド軍はVT線を放棄したのち、後方のVKT線まで防衛線を下げ、この線で休戦まで持ちこたえた。
(VT線とVKT線の位置関係はこちら
を参照)
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