ゴリアン のバックアップの現在との差分(No.16)

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#table_edit2(td_edit=edit,title_c=3,tr_edit=edit,table_mod=open,){{
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|CENTER:BGCOLOR(#db8):36|BGCOLOR(#eda):297|CENTER:BGCOLOR(#db8):36|BGCOLOR(#eda):110|BGCOLOR(#eda):110|c
|>|>|>|>|BGCOLOR(#aaa):CENTER:''キャラクター名''|
|型式|OA vz.30|兵科|>|機械化歩兵|
|>|BGCOLOR(#aaa):CENTER:''画像''|>|>|BGCOLOR(#aaa):CENTER:''装備欄''|
|>|BGCOLOR(#eee):CENTER:&attachref(./83 ゴリアン.png);|>|>|[[ブルーノZB26軽機関銃>装備品#machineGun]]|
// [[拳銃>装備品#handgun]]  [[携行火器>装備品#handyWeapon]]  [[携帯重火器>装備品#heavyWeapon]]  [[小型火器>装備品#machineGun]]
// [[小型砲>装備品#smallGun]]  [[中型砲>装備品#mediumGun]]  [[大型砲>装備品#largeGun]]  [[ロケット弾>装備品#rocket]]
// [[対空火器>装備品#AAGun]]  [[搭載火器>装備品#planeMount]]  [[砲弾>装備品#shell]]  
// [[光学照準器>装備品#sight]]  [[無線機>装備品#radio]]  [[搭載レーダー>装備品#radar]]
// [[履帯>装備品#crawler]]  [[増加装甲>装備品#armor]]  [[増槽>装備品#tank]]
// [[弾薬箱>装備品#magazine]]  [[修理工具>装備品#repair]]  [[書籍>装備品#book]]  [[そのほか>装備品#other]]
|>|~|>|>|'''空きスロット'''|
|>|~|>|>|'''空きスロット(改)'''|
|>|~|>|>|'''---'''|
|>|~|>|>|BGCOLOR(#aaa):CENTER:''ステータス''|
|>|~|BGCOLOR(#aaa): |BGCOLOR(#aaa):CENTER:''No.083''|BGCOLOR(#aaa):CENTER:''No.???''|
|>|~|☆|CENTER:''★☆☆☆☆''|CENTER:''☆☆☆☆☆''|
|>|~|体力|19(?)/&color(Red){?};|?(?)/&color(Red){?};|
|>|~|火力|18(23)/&color(Red){?};|?(?)/&color(Red){?};|
|>|~|命中|45(51)/&color(Red){?};|?(?)/&color(Red){?};|
|>|~|装甲|11(11)/&color(Red){?};|?(?)/&color(Red){?};|
|>|~|回避|30(30)/&color(Red){?};|?(?)/&color(Red){?};|
|>|~|対空|5(7)/&color(Red){?};|?(?)/&color(Red){?};|
|>|~|偵察|26(26)/&color(Red){?};|?(?)/&color(Red){?};|
|>|~|>|>|RIGHT:SIZE(10):BGCOLOR(#dc9):Lv1裸(Lv1初期装備込み)/&color(Red){改LvMAX強化MAX裸};|
|>|~|占領|>|CENTER:優→優|
|>|~|&ref(画像置場/fuel.png,nolink,70%,燃料);|7/52(&color(Red){?};)|?/?(&color(Red){?};)|
|>|~|&ref(画像置場/ammo.png,nolink,70%,弾薬);|6/52(&color(Red){?};)|?/?(&color(Red){?};)|
|>|~|>|>|RIGHT:SIZE(10):BGCOLOR(#dc9):1戦分の通常消費量/Lv1容量(&color(Red){改LvMAX};)|
|>|~|>|>|BGCOLOR(#aaa):CENTER:''改良・昇格''|
|>|~||>|CENTER:''改(Lv20)''|
|>|~|~|BGCOLOR(#bbc):|CENTER:''[[昇(Lv??)>キャラクター名昇]]''|
|>|>|>|>|BGCOLOR(#aaa):CENTER:''図鑑説明''|
|>|>|>|>|スロバキア独立国の参謀長として、東部戦線に出征したんだよ。&br;ドイツの言いなりになるふりをしてたけど、国の誇りを捨てられないのはみんな同じ。&br;笑顔で従いながら牙を研いで、民衆と一緒に蜂起したの。&br;結果はともかく、誇りのために戦う姿勢は大事だもんねっ!|

*入手方法 [#get]

[[ドロップ]]もしくは[[探索]]
*セリフ一覧 [#cv]
#region("クリックで展開")
|BGCOLOR(#ddd):140|BGCOLOR(#ddd):|440|c
|>|>|BGCOLOR(#db8):''ミリ姫獲得''|
|>|ミリ姫獲得|ゴリアンだよっ! 戦いには駆け引きが必要だよね。&br;顔で笑って刃物を隠す…みたいな。&br;ああ、怖い怖いっ!|
|>|>|BGCOLOR(#db8):''司令部''|
|>|司令部(秘書選択)|私?…うん、良いよ!|
|>|司令部画面|あっ、司令官。今日もお勤めご苦労様です!|
|>|~|国が解体されるのって、辛いよね…。…そういうの、余り見たくないな…|
|>|~|司令官、お疲れ様。…私?…ううん、疲れてないよ。元気そうに見えるでしょ?|
|>|部隊編成(配置)|頑張ります!|
|>|補給|ほきゅう、ほきゅう!|
|休養|短時間|少し休んでくるね!|
|~|長時間|ごめんね、司令官。暫くお休みします|
|>|高速休養|少し休んでくるね!|
|>|強化・改良・装備|もっと、もっと。強くならなきゃ!|
|>|~|パワーアップしちゃった!|
|>|探索・特務開始|(未実装?)|
|>|探索・特務開始|特別任務?そっか、了解!|
|>|帰還・特務終了|司令官、ただいま!変わったことは無いかな?|
|>|探索終了||
|>|戦績表示|(未実装)|
|>|探索終了|新しい仲間が出来たみたいだね。|
|>|戦績表示|ほうこくほうこく。|
|>|放置|国がピンチになった時、真っ先に動くのは誰だと思う?…政治家?軍人?…実は民衆なんだよ…|
//
|>|>|BGCOLOR(#db8):''出撃''|
|>|出撃開始||
|>|出撃開始|いざ、出撃!|
|戦場マップ(拠点踏み)|ポジティブ|うん!順調々々|
|~|ネガティブ|思ってたより… キツイなー。|
|>|戦闘開始|負けないからね!|
|>|攻撃|いっけぇーッ!|
|>|~|外さないからね!|
|被弾|ダメージ||
|~|~||
|被弾|ダメージ|あぁ!|
|~|~|いたっ!|
|~|大破|うぅ…、笑い事じゃないよぉ…|
|~|擱座|うぅ…こんなのって…|
|>|掃討戦開始|ここから、ここから!|
|>|攻撃(掃討)||
|>|攻撃(掃討)|これで決める!|
|>|MVP|うん、大勝利!上手くいって良かった|
//|>|敗北|こ…こんなのって…|
|>|缶入りチョコ使用時||
|>|バウムクーヘン使用時||
|>|缶入りチョコ使用時|ありがとう!はむはむ…うぅん、おいしい!|
|>|バウムクーヘン使用時|ほんとに良いの?…うん、さいっこう!|

}}

#endregion
* 元ネタ [#x02bfc9d]

Ján Golian, 1906年1月26日 - 1945年?
スロバキアの軍人。
第二次大戦中はスロバキア軍で参謀職を歴任した後、1944年8月のスロバキア民衆蜂起の指導者のうちのひとりとなる。
1944年11月3日にドイツの捕虜となり、以後の消息は不明。フロッセンビュルク強制収容所で処刑されたとの説がある。
#br
胸の勲章は、1940年にチェコスロバキア亡命政府により制定され、主にナチスに対する抵抗に貢献した人物に贈られた、
Československý válečný kříž 1939–1945 (Czechoslovak War Cross 1939–1945)であると思われる。

#br
#twitter(https://twitter.com/milihime_reload/status/857083018888007682)
#br


ヤン・ゴリアン(Ján Golian)*1906/1/26 †1945/?/?
ヤン・ゴリアン中将((現役時の最終階級は准将))はチェコスロバキア軍の将校である。
「スロバキア独立国」の参謀長として前線に出た事は無い…筈であるが、クリミア戦線にも従軍した快速師団の参謀長を二度も経験した事から優秀な参謀将校であるのは確かだろう。
その胸に輝く勲章は「Československý válečný kříž 1939」(をかなり省略したものだがリボンの配色からそうだと判断できる)で、40年12月に制定された祖国解放に尽くした個人・部隊に贈られるものである。
ある記録によると、彼は二度この勲章を授与されている。
一度目は44年9月14日で、「Československá vojenská medaile "Za zásluhy" I. stupeň」と同時に授与された。そして二度目は45年8月29日。
なお、二度目の授与以降は着用の際に青銅の枝をリボン部に付けることで複数回の授与を表す。&color(Gray){絵では小枝を付けていないので一度目の状況を表している事になる};

#region("長すぎる説明")
1906年 1月26日 ハンガリーはトルナ県ドムボワル市在住のスロバキア人家庭に生まれる。
1921年 ブラチスラヴァにある高等工業学校((Vyššia priemyselná škola strojnícka))に通う。
1925年 高等工業学校卒業。同年にフラニツェ((フラニツェ・ナ・モラヴィエは非公式な名称であり、当地の駅名である))の士官学校((Vojenské akademie Hranice))に入学。
1927年 士官学校を卒業し砲兵中尉に任官。
1937年 2月 大尉昇進。
1937年 3月 プラハの陸軍大学校に入学。
1938年 5月 卒業。
1939年12月15日 チェコスロバキア解体後のスロバキア軍参謀として復帰、少佐に昇進。
1941年 7月25日 同日付で快速旅団((Rychlá brigáda))から拡大改編((以前と比べ2個自動車化歩兵連隊基幹に「拡大」された旅団戦闘団を師団と言えるならば))され、師団編成となった快速師団((Rychlá divise))初代参謀長に任官。
 41年11月16日 師団参謀長の任をアロイズ・バレイ(Alojz Ballay)中佐に引き継ぎ本国へ帰還。
1942年 1月28日 トレンチーン市所在の第1師管区司令部((Velitelství divisní oblasti 1))初代参謀長に任官し同年6月29日まで同配置に就く。
1943年 2月 1日 中佐に昇進。
 43年 3月 4日 再び快速師団((42年11月より第13小隊(Letka 13)が編入されている))の参謀長(5代目)に任官。4月27日まで同配置。
1944年 1月 1日 地上軍司令部((Velitelství pozemního vojska))参謀長に任官。
 44年 8月29日 大佐に昇進し翌日参謀長の任を離れる。
 44年 8月31日 在スロバキア・チェコスロバキア軍((Československá armáda na Slovensku))司令官に任官。
 44年 9月 5日 スロバキア全国評議会(SNR)より准将に任命され、同月10日に在スロバキア・チェコスロバキア軍が在スロバキア第1軍((1. československá armáda na Slovensku))へ改編されると同時に同軍司令官に任官。
 44年10月 7日 ルドルフ・ヴィエスト少将と在スロバキア第1軍司令官を交代し、在スロバキア第1軍陸軍司令((Velitele armády))に任官したとされる。
 44年11月 3日 捕虜となり45年某月某日に処刑されたとされる。
1946年10月26日 少将((Divisní generál in memoriam))に特進。
1969年 8月 1日、中将((generálplukovník in memoriam))に特進。
#endregion

*OA vz.30 [#k8a9375c]
独軍での名称がPz. Spw. 30(t)とされる軽装甲車。

 1926年、軍はタトラT-26/30の耐久性に目を付け、このシャシーから装甲車を開発させた。翌27年から28年に掛けて試験したが装甲厚がわずか3-8mmであった為に採用されず、改良が続けられた。そして33年、後にOA vz. 30と呼ばれる試作車が完成。この試作車のモデルは遂に軍に採用され、34年1月から量産型が(タトラT-72シャシーを利用して)生産開始((33年8月とするものもある))され、35年6月((同じく34年3月の異説あり))までに51両((内1両は試作車と数える資料もあるが、34年からの生産数が51両とされる事から試作車含めて52両生産が正確な数字だと思われる))が生産された。
 チェコスロバキア軍によって戦闘で使用された記録は非常に少ない。
 チェコスロバキア解体後、30両はドイツ軍に鹵獲され、スロバキア軍は18両((19両とする説もある))を装備した。この18両は早速、スロバキア・ハンガリー戦争に投入されて1両が撃破されたとされる。
 その後、東部戦線に加わるもスロバキア国内に回収され、蜂起で使用するために前線への復帰を遅らせたようだ。そして44年8月29日時点では13両((記録通り6両撃破された結果として16から13両に減ったか、撃破されたとする6両中1両は後送されて18が13両に減ったかは不明))が保管されていたが何れも稼働状態では無かったようだ。そして蜂起軍が回収する前に独軍に回収され5両が(戦闘に使えない為に)射撃の的にされたとも、無事蜂起に投入されたとも伝えられる。
Obrněný automobil vzor 30 (Armoured Car Model 30)は戦間期にチェコスロバキアで生産された6輪軽装甲車。
#br
スロバキアは独立時に18両を接収し、スロバキア-ハンガリー戦争、ポーランド侵攻、東部戦線などで使用した。
1943年にはスロバキア国内に撤収し、以降は倉庫で保管状態となる。
1944年のスロバキア民衆蜂起で少数が使用されたとの説もあるが、詳細は不明。


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